映画「ノーカントリー」 アメリカの憂鬱

一回見ただけでは良さはよくわからなくて、何回も見直すとその良さがわかる。そんな映画をスルメ映画と呼んでるんだけど「ノーカントリー」はまさに見れば見るほど味が出てくる。

不条理な映画。最初の感想はそれだけだった。エンターテイメント性に欠け、どんでん返しがあるわけでもなく、カタルシスもさほどない。

麻薬取引の現場に残された現金を奪い逃走する。

殺し屋と保安官と盗人の逃亡劇。

アメリカ映画ではありがちなシチュエーションであり平凡なサスペンスモノという印象でしかなかった。

しかしアカデミー賞作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞を総なめ。評価が非常に高くてそこが俺の中では謎だった。

おかっぱヘアーの空気銃を振り回す奇異なスタイルの殺し屋に目が行きがちだけど、これは監督の観客へのサービスだろう。

銃撃戦があればとりあえず観客は喜ぶ。アクションシーンはサービスシーン。

注目すべき所は金を奪い逃走する主人公の境遇であると思う。

カウボーイハットを被り、ジーンズ姿。トレーラーハウスに住み、荒野で猟を好む白人。

アメリカの田舎に住む典型的な「負け組白人像」がそこにはある。

日本人から見るとこの部分にはあまり興味はわかないかもしれない。共感性もないように思う。

日本人から見れば白人は白人にしか見えないから。

白人であるはずなのに白人である恩恵が受けられない。そんな鬱積が伝わってくるのが良かった。そこがこの映画の重要なポイントであるとも思う。

アメリカ社会の負け組白人の憂鬱。

この映画が公開された数年後に、くしくもトランプが大統領となるが、その支持層はまさにこの大量の「負け組白人層」だと言われている。

その伏線になっているような傑作映画だ。