映画「悪人」 〜犯罪の情状酌量とは〜

「悪人」という映画が「犯罪の情状酌量」についてとてもわかりやすい。女が殺されるが、殺した男の「事情」や「情状」をこれでもかと説明している。

どんな犯罪でも情状酌量というものがある。つまり犯罪をした側の言い分。あらゆる角度からその理由を説明することが出来る。

一体誰が悪人であるのか。その答えを出すのは簡単ではない。そう観客に問いかけるような映画だ。

老舗旅館の御曹司、保険外交員の女、肉体労働者の男、紳士服店の女。この四人が主な登場人物。

四人には目に見えないカーストが存在する。金持ちであり御曹司に生まれた恵まれた男。その男に恋をする床屋の娘として育った保険外交員の女。だがその生い立ちや環境の違いから御曹司に見下され相手にされない。

そんな保険外交員の女と出会い系で知り合い金を支払ってセックスする肉体労働者の男。

簡単に言えばこの保険外交員の女は援交をしてる。肉体労働者の男は客でありこの女に「パッとしない仕事の男」と見下されている。

そこには老舗旅館の御曹司→保険外交員の女→肉体労働者の男という順でカーストが存在する。

御曹司にいきなり蹴られ山の中で車から降ろされる女。その光景を目撃して女を助けようとした肉体労働者の男に「レイプされたと訴えてやる!」と罵声を浴びせる。意中の男に振られ、邪険に扱われ、自分より「格下である客の男」に怒りをぶつけたのかもしれない。

「訴えてやる!」と脅迫されパニックになった肉体労働者の男は女をその場で殺してしまう。このままでは女にレイプの濡れぎぬを着せられてしまう。

肉体労働者の男を見下す援助交際女、金目当てで近づいてくる女を見下す旅館の御曹司、そして女を殺してしまった肉体労働者の男。

一体誰が真の悪人なのか?その問いかけを観客に投げかけながらストーリーは進んでいく。

この映画に感情移入出来るか否かの分岐点は女を殺害する主人公(肉体労働者の青年)の心情が理解できるか否かだと思う。

山の中で女を絞め殺した。これだけだとなんの感情移入も出来ない。ただの悪人でしかない。

映画では青年がそこに至った感情の機微が克明に描かれる。

田舎で肉体労働をする無口で不器用な青年。唯一の楽しみは車いじり。年老いた親の世話をしている。出会い系でなけなしの金で援助交際の女を買う。そしてその女に馬鹿にされる。そこには労働者階級の男の悲哀や絶望が描かれている。

多くの男は女を買う側でしかない。

その援助交際の女が男の車に乗り込むところを偶然街で見かける。青年はその車を追う。すると山の中でその車から女がいきなり下ろされている。

どうも女はケガをしてるようだ。青年は心配して助けようとするが、女はいきなり豹変して怒り狂う。「あんたなんかの助けは借りない!レイプされたと訴えてやる!」そんな理不尽な怒りをぶつけられる。

その瞬間、様々な鬱積した感情が一気に爆発し女を殺してしまう。

この青年に感情移入出来るように作られているストーリーだとは思うけども、犯罪なんてのはたいていこのような複雑な事情や原因が根底にあると思う。根っからの悪人など滅多にいないと思う。犯罪をしてしまった理由がたいてい存在する。

ただほとんどの犯罪は当たり前だが「悪人」のように映画化なんてされない。克明な動機や感情を映像で表現などしてはくれない。

「山中で女を殺した男」としか報道されないのが普通だと思う。ただの悪人として。

だからその背景が理解できないし想像力も多くの人は働かない。情状酌量というのはその背景への理解であり考慮だと思う。

犯罪には当事者にしかわからないドラマや人間模様がある。

何か悪で誰が悪人でなのか?その判断は非常に難しい。簡単に指摘できることじゃない。ただこの映画は多くの人の感情を揺さぶるような名作なのは間違いないので映画の真意を理解できる人は多いように思う。

人間の命題「悪とは何か」ということを強烈に突き付けられる、そしてヒントをくれるような映画だ。