女性棋士誕生ならず 里見香奈三段 奨励会退会

プロ棋士に最も近かった女性である里見香奈が年齢制限で脱落。女性棋士誕生がまた遠のいた。もし女性棋士が誕生したらそれは中学生棋士の藤井七段や大リーグの二刀流大谷以上の快挙だとマスコミは連日報道すると思う。女性のプロフェッショナルは男性のそれよりもニュースバリューがある。しかしそんな期待も終わった。やはり男性と女性には明確な能力差がそこにあると思う。

白黒はっきりつく勝負事になるとまず男性に勝てない。

記事の中に「奨励会に在籍する女性は全体の1割にも満たない」とあるがそれなら確率的にその数パーセントの女性棋士が誕生しておかしくないと思うけど、1人もいない。ゼロ。

将棋にプロの女性棋士が誕生しないのは女性人口が少ないからという仮説があり、この記事でもそう締めくくられてる。女性に配慮した穏便な記事だ。

女性人口が少なくても数パーセントを女性が占めるのであればやはり数パーセントの確率で女性棋士が誕生してもいいはずだと思う。当たり前だけど将棋では女性の武器は全く使えない。色気が無意味。そんな戦いの場だとやはり劣勢になってしまう。

女性が快適に生きられるのはやはり無意識的にあるいは意識的な色気を使ってるからだと思う。

ただ問題は男性がプロ棋士になれたとしても果たしてプロ棋士になれなかった女性より幸福になれるのか?という疑問。プロになれても潤沢に稼げるのは一部の強豪棋士しかいない。一方プロになれなかった女性には将棋のアシスタントやあるいは主婦という道が残されている。美貌を活かしタレントになる女性もいたりする。

将棋の実力は上だが人生の幸福度は保証されてない、稼ぎも必ずしも女性より上というわけではない、という問題が男には立ちはだかる。将棋の棋士など不安定で家族を養えないからと株式投資に精を出した桐谷さん。投資家としては成功したものの婚期は逃してしまったように思う。

実力は上でも女には勝てない。そんな理不尽さがさまざまな場面であると思うが将棋の世界もその典型。

勝負には勝てるが試合には負ける。そんないつもの感覚だ。